この記事の著者・監修者
院長:戸梶 仁聡(とかじ ひろあき)
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
資格・所属学会
- 日本矯正歯科学会認定医
- 歯学博士
- 上智大学カウンセリング研究所認定カウンセラー
- NCC認定カウンセラー
- 日本矯正歯科学会
- 日本歯周病学会
- アメリカ歯周病学会
Photo by ミントBlue
痛みとは不快な感覚あるいは情動的な体験であり、組織の損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものとがあります。
これが痛みの定義ですが、多くの方はこれでは何を言っているのかよくわからないのではないでしょうか?
歯が痛い・歯ぐきが痛い・顎の関節が痛い・偏頭痛がする・顎顔面領域には実に様々な痛みが起こってきます。
虫歯や歯周病といった疾患は私たち歯科医師が診察することで、ほとんど必要な情報を得ることが出来ます。
それに対して、症状である痛みは診察によって得られる情報はごくわずかであり、診断に必要な情報の70~80%は患者さんの話す病歴の中から得られます。
しかしながら、痛みの質・強さなどを表現することは大変難しく、個人差もあり、あくまでも主観的なことがらであるが故に、評価・診断・治療することを難しくしています。
痛みは誰でもが経験することが出来るものであり、知っているつもりのものなのですが、実は痛みのメカニズムとご自身の実感との間にはギャップがしばしば存在します。
今回は、読者の皆様に痛みというものがどういうものなのかを知っていただき、少しでも症状理解と治療のお役に立てればと考え、口腔顎顔面セミナーで学んだことをベースにお話ししてみたいと思います。
さて、ここで質問ですが、皆さんは歯が痛いときに、痛みをどこで感じていると思われますか?
それならば、歯に麻酔をするとなぜ痛みが消えるのか?と聞かれると思いますが、実はそうならないことがあることを知っておいて欲しいと思います。
このことについては後ほど関連痛のところで詳しくお話しいたします。
さて、皆様の中には、下の奥歯の虫歯が痛み始めてだんだんひどくなって、そのうち上の歯も痛く感じるようになったご経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないのでしょうか。
上にも虫歯ができてしまったのかと思われる方が多いのですが、こういう場合は下の歯に麻酔をすると、上の歯の痛みもぴたりと止まります。
これは実は神経の走行と関係があります。
下の大臼歯の神経と上の大臼歯の神経はそれぞれ上顎神経と下顎神経という異なる神経ですが、その由来は三叉神経が枝分かれしたもので、おおもとへたどっていくと脳の中では神経繊維の走行が隣同士になります。
神経の信号が弱いときは脳はどちらからの信号なのか識別できるのですが、痛みが長期に渡ったり、強くなると隣接する神経も過敏化され上の歯も痛く感じるようになるのです。
隣同士ということがポイントですので、下の奥歯と上の前歯という組み合わせや、右の奥歯と左の奥歯という組み合わせは決して起きません。
そういった場合は両方に問題があります。
このように「痛みのかんじるところ=痛みの発生源」ではないことがしばしばあります。
故に、痛みを診断する上で、もっとも大事なことは痛みの発生源を特定することであり、そのためには歯だけではなく、脳神経学的な知識が必要となります。
顎顔面領域の痛みはその発生源により次の3つに大別されます。
顎顔面領域の痛みはその発生源により次の3つに大別されます。
通常の歯髄炎・歯周炎などによる歯の痛み(歯原性疼痛)・TMD(咀嚼筋・顎関節)による疼痛がここに含まれる。
発作性:三叉神経痛・舌咽神経痛
持続性:外傷性神経痛・帯状疱疹後神経痛・非定型歯痛(ニューロパシー性疼痛)
気分障害、不安障害、身体表現性障害等が含まれる。
顎顔面領域の痛みの90%は歯原性疼痛によって起きるものです。
その次に多いのがTMDによるもので、その内訳は咀嚼筋に問題がある人が7%、顎関節に問題がある人が2%、そして、残り1%が神経因性疼痛と心因性疼痛に原因があるものとなります。
したがって顎顔面領域の痛みを扱うのに最も適した医師は、このようなことを理解している歯科医師だということになります。
痛みについて、ナショナルジオグラフィック日本語版の2020年1月号でとりあげられたので、紹介いたします。
米国では1990年代末から、慢性疼痛の治療でオピオイド系の鎮痛剤が処方されるようになった。しかしながら、この薬には麻薬的な依存性があり、推定170万人の依存患者を生み出すこととなった。このため、痛みの解明と治療方法の確率が差し迫った課題となっている。研究の進展に伴い、「3ヶ月以上続く痛み」と定義されている慢性疼痛に対する臨床医と研究者の味方が大きく変わってきた。
痛みは傷や病気がもたらす症状と見なされてきたが、傷や病気が治っても長期にわたって痛みに苦しむ患者が大勢いる。これは傷や疾患により痛みが続くと中枢神経が過敏になり、末梢神経から入ってくる刺激が無害なものであっても痛みとして感じるようになってしまう「中枢感作」がおきていると考えられる。痛みそれ自体が病気になっているのだ。
一方で、脳が痛みをどう知覚するかは、痛みの信号が痛みの感覚に変換される過程で、感情や認知、記憶、意思などの要因によってどう修飾されるかで変化することもわかってきた。実験で恐怖、不安、悲哀は痛みを悪化させることが示されている。同じような傷を負っても、痛みの感じ方は状況次第で変わるのである。
関連痛とは、痛みが支配神経領域ではなく、別の神経枝、あるいは全く異なる神経の支配領域で感じられるような痛みの現象を言います。
痛みを認識するのは、傷害されている組織ではなく、大脳皮質であるが故に、このようなことが起こるのです。
首の僧帽筋(後頭部から肩にかけて分布する筋肉)が痛みの原発部位であるにもかかわらず、患者さんは顎関節部にも痛みがあるように感じてしまいます。
この場合、顎関節に対する治療を行っても痛みは消失しません。
痛みの除去のためには僧帽筋へのアプローチが必要となります。
通常、口腔顔面領域に発現する疼痛の原因には以下の6つが考えられます。
部位 | |
---|---|
頭蓋内 | 腫瘍・脳動脈瘤・膿瘍・血腫・出血・浮腫などの頭蓋内の病変 |
頭蓋外 | 耳・鼻・眼・副鼻腔・咽頭・唾液腺・リンパ節・頸・歯髄炎・歯周組織炎・歯肉粘膜炎症・舌などの口腔顔面構造物の病変 |
神経因性 | 神経系の機能異常によって引き起こされる痛み 発作性:三叉神経痛・舌咽神経痛・後頭神経痛 持続性:帯状疱疹後神経痛・外傷性神経痛・非定型歯痛 |
筋骨格性 | 咀嚼筋・顎関節・関連諸組織由来頸部からの関連痛を含む |
神経血管性 | 神経血管性の痛み 機能性頭痛:片頭痛・緊張型頭痛・群発頭痛 症候性頭痛:症候性頭痛 |
心因性 | 心因性疼痛障害・身体化障害 など |
ーBell’s Orofacial Pains 第5版より引用ー
私たち歯科医師にとって、歯痛や顎関節症は日々取り扱っている疾患であり、それを治療し痛みを取り除くことが仕事です。
しかしながら、患者さんの中には歯痛や顎関節症以外のことが原因で痛みをともない来院する方がいらっしゃいます。
大事なことは、痛みを取り除こうと思うあまりに、鑑別診断をせずに、当てずっぽうに神経や歯を抜いてしまったり、歯を削ってしまったりしないことです。
今回は、そのような誤診を起こしやすい疾患について、口腔顔面痛外来をされている井川雅子先生が歯科医師会雑誌の2007年12月号に書かれていたものを参考にまとめてみました。
頭痛持ちの方が、痛みを恐れるあまり鎮痛剤を服用しすぎると、疼痛抑制系の神経がかく乱され、悪化して頭痛が毎日生じるようになります。
この場合は、頭痛専門医のもとで鎮痛剤の服用中止を行う必要があります。
エックス線写真などでは明らかな原因が認められない、現時点では原因不明の歯痛です。
歯髄炎や根尖性歯周炎・歯根破折などと酷似した臨床像を呈しますが、歯原性の痛みではないので、抜髄や抜歯などの歯科治療は全く効果がありません。
非定型歯痛の7割はささいな歯科治療をきっかけとして起こります。
背景に心理社会的要因(ストレス)があり、治療によって何かのトリガーが引かれるのではないかと考えられています。
現在の保険医療制度では、歯科医が三環系抗うつ薬を出すことが認められていないため、精神科医との連携が必要となっています。
欧米では、慢性化した顎関節症患者の疼痛管理にも三環系抗うつ薬が使われており、歯科医師の処方が可能になることを望んでいます。
人間の脳は一度に処理できる情報量に限りがあるため、脳は通常多くの感覚情報を無視しています。これを行っているのが、下行性疼通制御系です。痛覚情報を脊髄レベルで調整して中枢神経に伝達されないようにしています。
慢性疼痛では痛覚過敏になって、この下行性疼痛制御系がうまく機能しなくなります「中枢感作」。抗うつ薬は脳内のノルアドレナリンやセロトニンを増加させることで下行性疼痛制御系を賦活化させ、鎮痛作用を発揮させると考えられています。
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
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