この記事の著者・監修者
院長:戸梶 仁聡(とかじ ひろあき)
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
資格・所属学会
- 日本矯正歯科学会認定医
- 歯学博士
- 上智大学カウンセリング研究所認定カウンセラー
- NCC認定カウンセラー
- 日本矯正歯科学会
- 日本歯周病学会
- アメリカ歯周病学会
歯が悪くなるのは、虫歯や歯周病だけが原因ではありません。
最近になって歯にかかる異常な咬合力も歯を悪くする原因になっていることがわかってきました。
あなたが物事に熱中していたり、仕事をしている時、考え事をしている時など、気がつくと上下の歯をかみ合わせていませんか?
もともと歯は食物をかむためにあるものですから、どうしてそれが良くないの?と思われるかもしれません。
歯もひとつの構造物です。力がかかれば応力が生じますし、それが日常的に長時間起こっていれば、だんだんとひずみが溜まり、限界を超えれば最後には破折という破壊がおこります。
かみしめの頻度と持続時間、力の大きさが生理的な許容範囲を超えてくると、問題がおきてきます。
ある研究データによると、人が1日のうち上下の歯を接触させる時間の合計は、食事の時間を入れても、わずか17.5分だということです。
通常ほとんどの時間は、上下の歯の間は1-2mmのスペースがあって接触しておらず、私たち歯科医の間ではこのスペースを「安静空隙」、そのときの下顎の位置を「下顎安静位」と呼んでいます。
これはかむ時に使う咀嚼筋の緊張が無く、リラックスしている時にとられる下顎の位置になります。
普段から歯を接触させている人は、咀嚼筋の緊張が強く、普段から「くいしばり」や「歯ぎしり」をしていることを示すものです。
もし、そうであれば、歯に異常な力がかかっているため、次のような様々な弊害が現れてきます。
かみしめ、歯ぎしりによって歯のエナメル質が摩耗して中の象牙質が露出し、かんだときに痛みが出たりしみたりします。摩耗すると広い面積で歯が接触するようになるので、より障害性の高い力がかかるようになります。
力がかかったときに物体はひずみますが、その変形度は材質によって異なります。エナメル質と金属の間のひずみ率が異なるため、繰り返しの力は介在しているセメントを破壊し補綴物の脱離が生じます。セラミックが欠けることもあります。(矢印で示した部分)
歯にかかる力の応力は、歯と歯ぐきのさかいめ付近に集中して現れ、歯の根元のエナメル質が破壊されてくさび状にえぐれてきます。
この場所は神経に近いため、知覚過敏の症状が出たり進行すると歯髄炎を引き起こしたりします。
歯肉炎や歯周炎などの歯周疾患がある場合は、歯頚部付近にかかる応力は、歯槽骨の破壊を助長します。歯を揺さぶるような力がかかるために、歯周ポケット内に細菌が侵入しやすくなります。歯周治療の際には、咬合の安定化が必要となります。
異常な咬合力の最も深刻な被害は歯の破折です。多くの場合、破折は歯の喪失を意味します。特に根が割れてしまった場合は、その歯を救うことはまず出来ません。異常な咬合力は時に天然歯をも破壊してしまいます。
以上見てきたように、力は様々な問題を引き起こします。普段歯の接触時間が多い人は、かんでいることに気がついたらできるだけ上下の歯の間に空隙を作るよう顎の筋肉の力を抜くことを心がけてください。そうすると夜間寝ている時も、くいしばったり歯ぎしりをする時間が減ることがわかっています。
朝起きたときに顎の筋肉がくたびれていたり、かみしめていたときは歯医者さんに相談して夜寝るときにつけるマウスピースを作ってもらう方法があります。しかし、人によっては装着すると寝付けなかったり、さらに強く噛みしめてしまうこともありますので、注意が必要です。
最も効果的なのは、普段から上下の歯をふれあわせないように、顎の筋肉をリラックスさせることを心がけることです。
歯ぎしりの原因は様々で、以下に挙げる項目が関係していると言われています。(多因子性疾患)
原因がどのような物であっても、歯ぎしりには共通した部分があります。それは「睡眠が浅くなると起こる」ということです。
馬場 一美 著 歯ぎしりQ&A 医学情報社より引用
睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、それが1セットになって繰り返し現れます。健康な成人では、これら2種類の眠りが約1.5時間の単位をつくり、いくつかの単位がまとまって、一夜の睡眠を構成しています。
レム睡眠は急速眼球運動(rapid eye movement の頭文字REMからレム)を伴う睡眠です。急速眼球運動とは、閉じたまぶたの下で眼球がきょろきょろと動くことを指します。体はぐったりしているのに、脳は覚醒に近い状態になっていて夢を見ていることが多い睡眠です。
ノンレム睡眠とは、レム睡眠でない眠りという意味で、いわゆる安らかな眠りです。ヒトでは浅いまどろみの状態から、ぐっすり熟睡している状態まで、脳波をもとに4段階に分けることが出来ます。ノンレム睡眠は大脳を鎮静化するための睡眠になります。
健康な人では、最初の2単位つまり寝入りばなの約3時間のあいだに、たいへん質のよい大切な眠り(深いノンレム睡眠=熟睡)がまとめて出現します。それ以後は浅いノンレム睡眠とレム睡眠の組み合わせとなります。
ここで注目していただきたいのが、「歯ぎしりが出現するのが、浅いノンレム睡眠の時である」ということです。
したがって、質の良い深い眠りをとれない人は浅い睡眠ばかりが続き、歯ぎしりをする時間が長くなります。上に上げた5つの原因はいずれも、深い眠りを妨げる原因となっているのです。
以上より、質の良い睡眠をとるように心がけることが歯や顎を守ることにつながります。
顎や側頭部の痛みにより口が開きにくくなる顎関節症は、かつては噛み合わせや顎関節の異常によりおこると考えられ、矯正治療や噛み合わせを修正する全顎補綴治療、顎関節の外科治療などが行われてきました。しかしその改善効果は不確実であり、その後の研究から、病因が下記に示す多因子病因であると考えられるようになり、現在では、はじめから非可逆的な治療を行うべきではないと治療方針が変わってきました。顎関節症の発症、永続化に関与するこれらの因子を寄与因子と呼び、5つに分類されています。
解剖要因 | 顎関節や顎筋の構造的脆弱性 |
---|---|
咬合要因 | 不良な咬合関係 |
精神的要因 | 精神的緊張、不安、抑うつ |
行動要因 | 日常的習慣>TCH(歯列接触癖)、頬杖、爪噛み、うつぶせ読書、下顎突出癖 食事>硬固物咀嚼、ガム噛み、片咀嚼 就寝時>ブラキシズム、睡眠不足、高い枕や固い枕の使用、就寝時の姿勢、手枕や腕枕 スポーツ>コンタクトスポーツ、球技、ウインタースポーツ、スキューバダイビング 音楽>楽器演奏、歌唱(カラオケ)、発声練習 社会生活>緊張する仕事、精密作業、PC作業、重量物運搬 噛み違い、打撲、転倒、交通外傷 |
外傷要因 | 噛み違い、打撲、転倒、交通外傷 |
このような理由で、現在では可逆性のあるスプリント(マウスピース)療法が主流となっていますが、全ての人に有効ではありません。顎関節症は多因子疾患であり、いくつかの寄与因子の組み合わせで発症していると考えられます。ここでは理解しやすいように「積み木モデル」の形で説明してみます。
各因子の寄与する大きさを積み木ブロックにたとえ、積み上げていってある一定の患者の持つ許容範囲(上下の矢印)を越えると顎関節症が発症するという考え方です。
スプリント治療は咬合要因に対する治療であるため、噛み合わせの不良の寄与因子を改善し取り除くことができるため、患者Aでは許容範囲以下に下がり、効果が認められますが、患者BではTCH(歯列接触癖)の改善がないと効果が認められないということになります。
顎関節症の積み木モデル
複雑で多岐にわたる寄与因子を正確に把握することは困難であり、現時点では考えられる寄与因子のうち、非可逆的な手段を用いずに「積み木おろし」が可能な方法から積み木を下ろしていくという方法を治療法として選択していくことが望ましいと考えられています。具体的には、湿布やマッサージ、負担増加を避けるようなホームケア、行動療法を用いた習癖の行動変容、リラクセーショントレーニング、関節や筋に対する運動訓練、夜間スプリント療法による関節や筋の安静化などが挙げられます。
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
©とかじ歯科 All Rights Reserved.