この記事の著者・監修者
院長:戸梶 仁聡(とかじ ひろあき)
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
資格・所属学会
- 日本矯正歯科学会認定医
- 歯学博士
- 上智大学カウンセリング研究所認定カウンセラー
- NCC認定カウンセラー
- 日本矯正歯科学会
- 日本歯周病学会
- アメリカ歯周病学会
日本人の平均寿命は80歳と世界一を誇っています。しかしながら、80歳の人のお口の中には平均で13.9本しか歯が残っていません。
ここで一度思い起こしていただきたいのは、私達の臓器はその人の寿命とともに存在するものがほとんどだということです。
目は老眼になったといっても、その機能を全く失う人はごくわずかです。脳・肺・肝臓・耳・手指など、全て私たちの寿命と共に生きています。
当然歯も生涯の中で失うべきものではないはずなのに、なぜ失われてしまうのでしょう。
歯を失う原因を上記の円グラフでみてみると、その多くが虫歯と歯周病(歯槽膿漏)で失われています。
年齢別には30歳までが虫歯でそれ以降は歯周病が主な原因となっています。
したがって、この2つの病気を予防することが出来さえすれば、生涯自分の歯でかむことは夢ではありません。
磨いていても虫歯になってしまう人・毎年のように歯科医院に通っている人・歯の質が生まれつき弱いと思っている人、あきらめないでください!
私たちの考え方を正しく理解していただき、歯の健康を望む人であれば、誰にでも病気は予防出来るのです。
次に虫歯、歯周病と年齢との関係を見てみると、上記右のグラフにあるように若い人は虫歯が多く、30~40歳くらいから歯周病が増えて、虫歯は少なくなっていきます。
その理由として、
が、関係していると考えられています。
図1
図1は歯とその周囲組織の断面図です。歯は歯ぐきの上に出ている歯冠(しかん)と歯ぐきの中にある歯根(しこん)に分けられます。
一番中心には神経と血管を含む歯髄(しずい)という部分があり、そのまわりを象牙質というかたい部分がとりまいています。
図2
象牙質には図2のように無数の細い管が歯髄から表面に向けて走っていて、中は歯髄液で満たされています。
図3
象牙質の表面を電子顕微鏡でみると図3のようになっています。そのため表面を刺激すると、この管を通じて痛みを感じることになります。
(知覚過敏や削った歯がしみる、歯を削るときの痛みなどはこうして起こります。)
また、虫歯になるとこの管を通じて、細菌の毒素や細菌自体が歯髄に侵入し、歯髄炎(しずいえん)を起こします。
象牙質のまわりは歯冠部ではエナメル質、歯根部ではセメント質が覆って穴をふさぎ、皮膚と同様に外敵の侵入を防ぐ役目をしています。
図4
エナメル質は図4のようにミネラルの結晶で出来ていて、体の中で一番堅い組織です。
セメント質からは細い線維が出ていて歯根膜(しこんまく)と呼ばれる物があり、これを介して、歯をささえる歯槽骨(しそうこつ)とくっついています。
歯根膜には神経も分布していて、食べ物の固さを感じたり、クッションの役目をしています。
歯と歯ぐきのさかい目には歯肉溝(しにくこう)という溝があり、健康な状態では1~3ミリの深さです。溝の底の部分は、エナメル質とくっついている上皮付着(じょうひふちゃく)というものがあり、細菌の侵入を防いでいます。
歯の根の数は、前歯と下の小臼歯は1本、上の小臼歯と下の大臼歯は2本、上の大臼歯は、三脚のように3本に分かれていることが多いです。
虫歯と歯周病の原因は何ですか?とお聞きすると、多くの方が「歯垢」・「歯の汚れ」・「お砂糖」・「食べかす」などとお答えになります。
本当の真犯人は、「お口の中にいるバイ菌(細菌)」です。
この細菌さえいなければ、いくら甘い物を食べても、歯を磨かなくても虫歯や歯周病にならないことは、動物実験で証明されています。
お口の細菌は400種類以上知られています。
1人のお口の中には通常150種類以上の細菌が住んでおり、互いに共生し、ひとつの社会を作っています。
400種類のうち、虫歯菌・歯周病菌として知られているのは、ともに10種類程度です。
残りの大多数の細菌は直接悪さをしませんが、虫歯菌・歯周病菌とともにプラークという細菌の集合体を作ります。
実は虫歯菌・歯周病菌はこのプラーク状にならないと、病原性(病気を起こす力)を発揮できないのです。
ですから、このプラークを歯から取り除くことこそが、予防なのです。
細菌はプラーク1g中に約100億匹、だ液1ml中に約1億匹存在しています。
虫歯の状態は、C0~C3の4段階に分けられています。
虫歯はエナメル質の表層に限られているもの(白濁)
虫歯がエナメル質内に限局しているもの
虫歯がエナメル質から象牙質内に及んでいるもの
虫歯が象牙質から歯髄に及んでいるもの
これに加えて、さらに進行した状態が
歯冠が崩壊してしまったもの(歯根のみ残っている)
虫歯は表面から歯がとけて穴があくのではなく、表層直下の内面のカルシウムが溶け出すことから始まります。これが歯の白濁です。
この場合はよくお手入れをすることで、またカルシウムの再石灰化が起こり元に戻ることがわかっています。
ですから、C0から1の場合は経過観察することが多く、治療が必要なのはC2からということになります。
しかしながら、エナメル質表層が壊れ、穴があいてしまった場合は、C1でも治療が必要になります。C1では象牙質まで虫歯が及んでいませんから、しみることはありませんが、C2になると冷たい物がしみはじめ、徐々に進行してC3に近づくにつれて、熱い物がしみるようになります。
ズキズキする痛みを感じるようになるとC3で歯髄が悪くなってきています。
こうなると神経の治療が必要になります。というのは、歯という組織は、まわりを堅い組織で覆われているという特殊な環境のため、体を感染から守る免疫という防御機構がうまく働かない部分なのです。
さらに進行して、C3から4になると神経も死んでしまい、根の中に感染が起こり、今度は根の先にうみがたまる根尖性歯周炎(こんせんせいししゅうえん)という病気なります。こうなると治療が難しく、時によっては抜歯が必要になることもあります。
虫歯治療についてはこちら
骨は一生のうちに何度でも作り直されるのに対して、歯は一度作られるとその大きさ形は変わることがありません。
ときどき歯も成長とともに大きくなると思われている方がいらっしゃいますが、一度生えてきた歯が一回り大きくなることはありません。
骨折してもギブスで固定しておくと、つながるのは骨が絶えず作り直されているからで、残念ながら折れた歯はいくら固定しても、吸収されることはあっても、つながることはありません。
歯は顎の骨の中で、頭の方から根の方へと作られていきます。
年齢によってどこまで歯が作られているかを図にまとめてみましたので、参考にしてください。
あくまでもこれは一つの目安で、年齢と発育は必ずしも一致しませんので、多少の誤差があります。
これを見てみると、もうお母さんのお腹の中にいる時から、歯が作られているのがわかります。
エナメル質の部分は乳歯だと胎生17週から生後6ヶ月まで、親知らずをのぞく永久歯だと胎生26週から8歳くらいまでに作られます。
この時期にテトラサイクリンのお薬を長く飲むと、歯が茶色くなったりすることが、知られています。
乳歯の根の吸収は4歳頃から始まります。
ただ今のお子さんの中には4歳で生え変わりを経験される方もおられますので、今はもっと早いのかもしれません。
歯周病は歯と歯ぐきのさかい目の歯肉溝という溝から、細菌が歯周組織内に侵入して起きる病気です。
歯周病は、歯肉炎という炎症が歯ぐきの部分だけに限局した状態から始まります。
歯周組織は歯と異なり、免疫による防御反応が起こります。
そのため免疫機構に先天的な問題がない限り、若い人の場合は歯周炎までは進行しません。
しかし、40代後半くらいから、免疫の力が低下し細菌の侵入を許し、歯周炎へと進行していきます。
歯周病の進行の様子
歯周炎
軽度歯周炎
中等度歯周炎
重度歯周炎
歯牙の脱落
歯石の付着
細菌が侵入し、細菌の毒素により炎症反応が起こり、周囲の組織が破壊されると歯槽骨も破壊されて、さらに深い歯周ポケットが歯のまわりに形成されます。
歯槽骨の破壊が認められるものを歯周炎といいます。
歯槽骨の吸収が根の長さの1/3以下を軽度歯周炎・1/3~2/3までを中等度歯周炎・2/3以上を重度歯周炎と呼んでいます。
歯根の表面に細菌によって作られた歯石は、それ自体は毒性はないのですが、歯ブラシでは取り除くことが出来ず、この表面にたくさんの細菌が住み着くため、歯周病の原因となっています。
細菌は歯石を足場にさらに深部に侵入していき、 最終的には支えている歯槽骨が無くなり、歯は動揺して噛めなくなり、抜けてしまいます。
歯周病の怖いところは、虫歯と違って自覚症状がほとんどないことです。
口臭、歯ぐきからの出血、歯ぐきがやせてくるなどが主な症状で、通常痛みを伴わないため、自覚されにくい病気です。
痛みが出たり、ぐらぐらして噛めないという症状が出たときは、かなり進行していて重度になっていることがほとんどです。
そして虫歯と違って、多くの歯が一度に罹患するために、多くの歯が失われることになります。
健康な歯ぐきは、薄いピンク色をしていて、表面にスティプリングという非常に小さな凹みが点状に認められます。
これは、歯ぐきの中にあるコラーゲン繊維の 付着部位を表しており、歯ぐきが健康で引き締まっていることを示しています。
写真に描かれた黒い線の部分の断面を描いた物が、下の図です。
白いところが 歯のエナメル質、赤いところは歯ぐきの上皮組織、薄いピンクの部分が歯ぐきの結合組織部分で、赤い点は毛細血管を示しています。
歯と歯ぐきの境目には、溝(歯肉溝:ポケットとも言う)があり、健康な状態の歯ぐきでは、ポケットの深さは1~3mmです。
図に描かれた黒いマークは、ポケット底の位置を示しています。
ポケット底から下の歯ぐきの上皮部分は、接着斑(ヘミデスモゾーム)と呼ばれるものでシールのように、歯のエナメル質にくっついています。
このことによって細菌や異物が体内に侵入するのを防いでいます。
歯周病の初期の状態は、歯肉炎からはじまります。
研究によると、適切なプラークコントロールをやめてから、3~4日ほどで歯肉炎が認められるようになります。
プラーク(バイ菌の集合体)のたまりやすいところの一つに歯と歯ぐきの境目があったことを思い出して下さい。(プラークの基礎知識を参照)
プラークは次第に量を増し、内部では嫌気性菌といって酸素の嫌いな菌が増えていきます。
この嫌気性菌に歯周病原因菌は属しており、これらの細菌が歯周ポケットの内部に入り込んでいくことで、歯肉炎が起きてきます。
ポケット内で増殖した歯周病菌から放出された細菌毒素は、歯ぐきに炎症反応という免疫反応を引き起こします。
傷口からバイ菌が入ったときのことを、思い出して下さい。傷口の周囲が赤くなり、腫れて出血しやすい状態になります。
これは免疫反応によるもので、これと同じ事が、歯ぐきにも起きてきます。
下の写真では、ピンク色だった歯ぐきは、赤くなり、歯ぐきがふくらんでいるのがわかります。
断面図を見てみると、赤い点の毛細血管が増えて、歯ぐきの厚みが増しています。
黄色い部分はプラーク(細菌)を表しています。
免疫反応は主に血管内にいる、白血球やマクロファージと呼ばれる免疫細胞によって起こります。
これらの細胞が集まりやすいように、毛細血管が拡張し、今までところにも血液がたまり、結果として歯ぐきが赤く腫脹した状態になるのです。
血がたまっているので、出血しやすくなるのはそのためです。
ポケット底の位置は健康だったとき(黒いマーク)よりも深くなって、ポケットの深さは4mm以上になります。
さらに長期間この状態が続くと、右下の写真に見られるような、黒い歯石が歯周病菌によって作られます。
歯石はカルシウムでできているので、それ自体は有害ではありませんが、歯周病菌の住み家となり、ここを足場にして歯周病菌はさらにポケットの奥へと組織を破壊しながら進入していきます。
プラークによる歯肉炎は、適切なプラークコントロールにより改善出来ますが、歯石がついてしまうと、歯石は歯ブラシでは取り除くことができないため、専門医による治療が必要となります。
歯肉炎は歯周病菌以外に、ある主の薬(ヒダントインなどの抗てんかん薬など)によっても起きることが知られています。
若年者に一般的に見られる歯肉炎
歯肉腫脹の著しい歯肉炎
歯肉に炎症が無くても、歯槽骨の破壊と4mm以上のポケットが存在があれば、歯周病と診断されます。
下の左側の写真は、一見歯肉炎に見えますが、レントゲンでは歯槽骨の破壊が始まっています。
歯周病がかなり進行すると、歯ぐきがやせてきて、歯が長く見えるようになります。
歯槽骨の吸収により、歯はかむ力を支えることができなくなり、動揺や位置の変化を来し、右下の写真のように前歯の間に隙間ができてきます。
歯槽骨の破壊が見られる歯周炎
歯槽骨吸収の著しい歯周炎
photo by ミント
虫歯と歯周病の原因は、虫歯菌・歯周病菌であるというお話をしましたが、ではこれらの細菌は、どこから来たのでしょうか?
生まれたときは無菌状態だったわけですから、生後何らかの形で感染したことになります。
多くの場合離乳食などを通じて家族からもらいます。家族に虫歯や歯周病を持つ人がいると、虫歯菌・歯周病菌に感染する危険性が高くなります。
うちの家系は歯が弱いからというのは、実は歯が弱いのではなくて、原因菌の感染力が強いからなのです。
お口の中にどの種類の細菌がどれくらいいるかはリスクには個人差がありますが、それによって虫歯のできやすい人とそうでない人、歯周病になる人とならない人が決まってしまいます。
ですから、リスクの高い人ほど、徹底したプラークの除去が必要になります。
最近ではリスクを調べるための検査などがありますが、検査をしなくても、今までの歯科治療の既往、通院頻度などから、ある程度のリスクを知ることが出来ます。
歯周病のリスクは若く発病した人ほど高く、両親が歯周病だった人・歯石の多い人・タバコを吸う人・糖尿病や免疫不全のある人、ほどリスクが高くなります。
また前歯よりも奥歯の方がリスクが高くなります。
ここ数年で歯科の病因論が少し変わってきたので、まとめてみたい。
これまで虫歯や歯周病の原因はプラークという常在細菌の集合体として、とらえられてきた。現在ではプラークはバイオフィルムと呼ばれている。これまでは、特定の病原菌という細菌に目を向けてきたが、バイオフィルムは、それを取り巻く栄養、温度、pH、好気性か嫌気性かといった環境度合いによって、細菌の分布が変化し病原性が変化すると考えられている。(Microbial shift)
これは、良好な環境下では無害である常在菌が、環境変化によって細菌たちの活動性が増加して、病原性が高まる「悪玉化」が起こる。
たとえば、これまでは虫歯はミュータンスレンサ球菌、根面う蝕はラクトバチラスが主な原因菌として考えられてきたが、バイオフィルム内にいれば酸産生が可能な、ビフィドバクテリウム、アクチノマイセス種、ベイロネラ種なども加えられた。
以前は「う蝕=う窩」であったが、現在ではう蝕という疾患は「脱灰と石灰化のバランスが脱灰側に偏っている状態であり、う蝕=う窩ではない」とされている。
歯周病も同様に、以前はレッドコンプレックスといわれる3種の病原菌が原因菌としてしられていたが、今日では、これらに加えて様々な細菌種の共同作業によるMicrobial shiftが歯周病発症の原因と考えられている。これは数年から20年をかけてゆっくりと起こる。バイオフィルム内の細菌のなかには、他の細菌種の産生する代謝産物(排泄物)を栄養素として利用しているものが多く存在し、お互いに相互扶助しながら徐々に病原性を高めている。これにより歯茎の炎症が進むと、歯周ポケットの内面に潰瘍が形成され、出血するようになる。歯周病菌にとって、鉄分は必須栄養素である。出血により、鉄分とタンパク質を摂取した歯周病菌は活発に増殖し、Microbial shiftが起こり病原性が大幅に高まり、歯周病が進行する。
歯科医師になって30数年間、自分の理想とする【患者さんのための歯医者】を求め続けてここまでやってきました。
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